連れ子が可愛いとはどういうことか 私と夫の息子の場合 - 料理と暮らし

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連れ子が可愛いとはどういうことか 私と夫の息子の場合

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ステップファミリーで連れ子が可愛くないという悩みを持つ方がおられます。

既に自分の子どもがいて、親が違う両方の子どもがいる場合もありますし、初婚での連れ子の関係がうまくいかないこともあるでしょう。

逆にステップファミリーでも、連れ子が「かわいい」というのはどういうことか、私と息子の関係を書いてみます。

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ステップファミリーで幸せに暮らす

息子のいる夫と再婚後、ステップファミリーとなりました。

既に大きくなっていた息子ですが、一緒に暮らしたいというので、大学卒業後に地元に帰って同居、その後は再就職を経て、現在は結婚しています。

初めての方は一覧の最初の記事からどうぞ。

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 ステップファミリーの大きな悩み

ステップファミリーでよく聞く悩みの一つに「連れ子が可愛くない・愛せない」ということがあります。

そういう言い方をされるということは、「連れ子が可愛くあるべきだ」もしくは、愛さなくてはいけない、という思い込みがあるようです。

あるいは、結婚をする際に、「連れ子がもっと可愛いと思っていた」という予想が外れたということなのかもしれません。

個人的には連れ子が可愛くなくても、それ自体は大きな問題ではないと思います。

嫁と姑の例を考えてみる

たとえば、夫の両親と同居をされているという方はたくさんおられますが、夫の両親が実の両親と同じくらい大好きで愛している、というような人は、まずいないだろうと思います。

そう思いながらも、ご飯は作っている、掃除もしている、介護もしているというのが、義理の両親と同居で、ごく普通のケースです。

要するに、好き嫌いと、同居の不可は、全然別なことと言えます。

中には、いがみあいながらも一緒に暮らしている人はいますし、私の以前の身内は、奥さんが姑と会わなくて、度々家を出ては舅が呼び戻しに行っていました。

そして、嫁と姑のトラブルはむしろあたりまえのことで、これらのことは、よくも悪くも以前からあるケースで周知の事実です。

連れ子との不仲もあって当たり前

ステップファミリーが増えたというのは、むしろ最近のこと、最近増え始めた新しい家族構成なので、連れ子との不仲というのは、それほど表に出ていません。

話がそれほど出ないのは、関係を担片一方が子どもだからでしょう。話をオープンにするなら、嫁と姑のトラブルと同じくらい連れ子との不仲もあって当然なのです。

連れ子との関係 私の場合

ではなぜ、私の場合はそうならなかったのか。

息子の結婚に際して、お相手の方に、うちには連れ子と継母との間にあるような、世間一般で言われるような、連れ子と継母にありがちな問題は一切ないということを説明するのは至難の業だと思ったものです。

私がこの家に来てから、息子が病気になりました。病名は明かしませんが、難病の一種で、一時は治らないのではないかと思われました。

しかし、当時は東京都心に住んでいたこともあって、最新の治療を受ける機会に恵まれ、治らないと思っていた病気が、ほぼ完治となったのです。

私にがんが見つかったとき

そして、息子が就職と同時に同居をしたとき、今度は私にがんが見つかりました。息子の病気から4年後のことです。

即座に悪いという状態ではありませんでしたが、その時に、私は思ったものです。

息子は治らないと思った病気が治った。既に、夫と私は人生で最大の賭けにかったのだ。なので、それで充分――それがその時に私が考えたことです。

伝え方が難しいのですが、子どもの治癒が最大の問題で、それ以外のことはとるに足りないことであるというような感じです。

もっとも、息子はその因子があるということだけで、病気の発症はしないままでしたので、食事の制限があるだけで、病気の症状はまったくありませんでした。

それでも、息子の病気は私には大変なショックであって、その直後は自分が通っていた病院で、自分が倒れてしまったりしました。

毎日毎日、息子の病気のことが頭から離れませんで、夫と一緒に神社に何度もお願いに行ったことも覚えています。

当時は、息子の病気の前には、夫の両親が相次いでにがんで入院しました。もういつ誰が死んでもおかしくない状態でしたので、余計にそう思ったのかもしれません。

もちろん、私自身の病気や治療はそれなりにたいへんでしたが、そう思うことでかなり気が楽になったのです。

それも一つの「家族」

夫にそう思ったことを話したのは、もっとずっとあとのことです。

夫にもそれほど伝わったとも思わないし、まして、息子の結婚相手の両親にこの私の感じ方や考え方を話しても、すぐにはわからないだろうと思います。

単純にわかりやすく言えば、息子は助かったのだから、私は死んでもいいということなのです。

それは血縁の親子であれば当然の感情だと思います。

それが血のつながりのない、他人同士の間、しかも恋人ではない、継母と連れ子との間にある感情であり、なぜそのようになったのか、ということは、私自身にも説明がしきれません。

血のつながっていない人同士ではあっても、家族になれるんだよ、そういうこともあるんですよ、そのように申し上げるしかないのです。

そうなると、連れ子が可愛いとか、可愛くないとか、そういうレベルのことでもないように思います。

もちろん、もし誰かに、「夫の連れ子のお子さんなのですが、可愛いですか、それとも可愛いと思えませんか」と聞かれたら、「ええ、可愛いですね」と私は答えます。そういうことになります。

息子の病気は寛解ということになるのかな、今はもうずっと通院も薬も飲んでおりません。ただし、再発がまったくないわけではない。もしそうなったら、これからも私は息子を精一杯守ると思います。

なぜなのか、あえていうのなら、「夫にとってそれが大切な息子だから」というのが、一番わかりやすいと思います。

そして、血がつながっていなくても、やはりそれが私の息子だということなのです。子どもを産まなかった私には子どもは居なかったはずなのに、息子が私の子どもとして来てくれたからです。

少なくても立場の上で「息子」であるのは間違いないのですから。







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