ステップファミリー

海外に一人旅で自立する連れ子がステップ父母にペアカップのお土産

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こんにちは。なな子です。

夫の子ども、私からすると連れ子になりますが、息子が2度目の海外旅行に行きました。

そこでお土産を買ってきてくれました。それを見ているうちに、私たちステップファミリーのことをいろいろ思い出しました。

 

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息子はヨーロッパへ一人旅

息子が行ってきたのは、オーストリアのウィーンと、それからブタペストとか、ヨーロッパでも地味なところの方を今回は休暇を取って、一人でめぐってきたようです。

なぜかはよくわかりませんが、来年から職場の移転が決まっているので、忙しくなる前に、一度見てきてみたいと思ったようですね。

ウィーンの風景のレリーフ

上は、石膏にウィーンの風景をかたどった彫刻のようなもので、後ろにマグネットがついています。

これは、冷蔵庫につけるのはもったいないので、ダイソーのフォトフレームの中から、イーゼルとキャンバスの形をしたものを買ってきてみました。

木製の枠とイーゼル。大きさは約15.5cm×8.5cm×3cm。白い部分がキャンバスで約10cm×13cm×1cmでした。

これは、写真を貼ることもできますが、自分で描いてもいいのですね。

 

 

今回は壁に釣ることができるように夫が紐をつけたのですが、緑のピンは本当は裏側につけた方がいいですね。

モーツァルトとクリムト

それから息子の買ってきてくれたのは、モーツァルトのトリュフです。

 

ちょっと大人っぽいモーツァルト。

そして、こちらはというと、世紀末ウィーンの画家クリムト。

中身はコーヒーでした。

夫の母とチョコレートと半分ずつにしました。

 

で、何かこういうのって、夫よりも微妙に私の好みなんですよね。。。

なぜわかったのかな。

それで、この写真を添えて、子どものためだけに書いているメダカのブログに「おいしかったよ。ありがとう」と記録しました。

息子の下り立ったオーストリアの空港です。こじんまりとしてシンプルですね。

明るいのに、これで夜の7時だったそうですよ。この写真を添えて、無事到着を報告してくれました。

 

ペアのマグカップを夫と私に

一番最初に息子が海外旅行に行ったのは、まだ、この家に一緒に住んでいた時。

最初のお土産はロサンゼルスのスターバックスのペアのマグカップ、夫と私とに一つずつでした。

私が最初にこの家に来て、息子と会ったばかりの時は、むしろ血のつながっている夫と息子が一つの対で、私はそこから外れた位置に居るような気がしていました。

私自身がひねくれてわざとそう思ったのではなくて、なんだかその方が、当たり前の気がしていたものです。

ところが、息子は私と夫を見ていて、お父さんでもあり、新しい奥さんの夫でもある、という、その複雑な家族関係を、自然に受け入れられるようになったのだと思います。

その象徴が、あの時のペアのマグカップの贈り物だったのかなという気がします。

11月23日は、『いい夫婦の日』

最初の海外旅行から帰ってきて、しばらくして、息子が言った時があります。

息子は、お風呂がとても好きで、温泉やスーパー銭湯が好きなんですね。それで自宅の直ぐ近くにもあるので、頻繁に出かけましたので、その割引券などがチラシに入った時には私は取っておいて息子にあげていた。

そうしたら、息子の方が、温泉でもらってきたといって、割引券を私に示しながら、「11月23日は、『いい夫婦の日』だから行っておいでよ」と言ったのです。

息子はおとなしい方なのですけれども、とても熱心に繰り返し私にそう言いました。

つまり、「いい夫婦の日」というのを、私に示したかったのですね。

お父さんと私を見ていて、「なかなかいい夫婦だなあ」とそう思ったという意味なのです。

新しい親子関係のもたらす変化

で、それは息子が私たちを褒めてくれたという以上に、父のその新しい人間関係と、それから自分が子どもであるという、世代間境界の変化を認識して受け入れたということなのです。

つまり、それまでは、夫と息子は同じ男性同士で、対等とは言わないまでも、友達のようなペアの関係にあった。

そこに、私という存在が加わって、3人になり、自分は、その本来の子どもの立場なんだということに還ったのですね。

再婚家庭の再びのエディプス期

これは、元々心理学ではエディプスコンプレックスで知られている「エディプス期」と呼ばれるもので、血がつながった親子の場合でも、幼児がそれまで年齢のことなど全く自覚せず、母と自分がペアだと思っていたら、実はある日お母さんはお父さんとペアだったということがわかる瞬間があるのです。

それに伴って、自分がそれとは世代が違う、両親と横並びではない、一段下の「子ども」というものなんだということを理解する。

そして、そこで、両親の男女差、性別、そして、スキンシップで一体化している母とは違って、父親とは言葉というものがコミュニケーションに必要なのだと、そのような社会化への一歩を踏み出す重要な時期が「エディプス期」なのです。

父母子の三者関係

息子の場合はもちろん、中学2年生までは実母が居たので、もっと幼少期にそのような認識を持って居るはずですが、再婚家庭ではおおむね、それが再度体験されるような気がします。

新しいお父さんやお母さんが来ることで、そこで、ちょっとお母さんやお父さんが相手に取られてしまうというような感じもするわけですね。

けれども、その三者の関係の社会的な側面をも理解して、初期の二者関係を脱するのが成長であるわけです。

そして、息子の場合も、やはりそういう「心の成長」は目には見えませんし、新しい血のつながらない家族を加えて、最初はすごくストレスがあったと思うんですけれども、どうやらこの新しい人も自分を守ってくれる側、 すなわち親の側にいるように思ってくれたのではないかと思います。

なので、ちょっとその辺りに、前に書いたように、子ども返り、心理学でいう退行のようなエピソードも見られましたね。

三者関係の認識というのは、再婚家庭においては幼児ではなく大人なので、自分でもそんなことはわかっているはずなのですが、それを感情的にすんなり受け入れられる気持ちになる、そういう転換点がどこかであったのには間違いありません。

「いい夫婦」の本当の意味

そして、「いい夫婦の日」というのは、夫婦として認めるというよりも、自分に決して害をしない、自分にとっても良い人である、それをおそらく、父親に取って良い人である、「良い夫婦」であると表現していたわけなのですね。

実母もいるし、もう二十歳を過ぎていますから、お母さんという感じではないんだけれども、そういう関係の人だということが固定しつつあるということを、ペアカップと一緒で、「いい夫婦だね」ということで、実は息子自身にとっても、私が関係の深い人だとわかった、そう伝えたかったんではないかと思うんです。

そして、旅をするということ、特に一人旅をするということは、やはり象徴的に自立をも表現しています。

私はどちらかというと息子には甘いので、まあ、いい意味で人の子どもなので、いいだけ甘やかしておいて、一人旅どころか、なんだかいつまでも子どもでいて欲しいし、結婚もまだまだしなくていいか、みたいなところがあるんですけれども、息子の方は、しっかりした両親の基盤を固めた上で、再度そこからの自立を達成したのは確かです。

こうなると、次は私の方の成長ということで、家族関係は、親離れ子離れのフェーズに入っていくのかな、否、血がつながっていないのですから、それはなしで。

いつまでも私は「なっちゃん」(息子の呼び名によると)で、お父さんの奥さんかと思うと、お母さんのような友だちのような、いつまでもそんな立ち位置不詳の人でいたい不思議な心持がするのです。

まとめ

息子の初めての海外一人旅、そしてお土産のエピソードを書いてみました。

今度の帰省はいつになるのかな。

その前に、息子の住んでいる街に、引越しの時以来一度も行っていないので、また夫と一緒に遊びに行くつもりです。

 

 

 

 

 

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